いつでも微笑みを

体を壊してやりたいこともなくなってしまったから、自分が思っていることを伝えたいことをとりとめもなくかいていくよ。

【読書感想】星を墜とすボクに降る、ましろの雨/藍内友紀【せめて人間らしく】

「ボクらは星のために生きて、星のために死ぬ。星を撃ちながら死ねるなら、他の何も望まない」

 あらすじ

機械の少女の小さな恋のうた
地球圏へと飛来する〈星〉を墜とす、機械の眼を持つ少女・霧原。彼女と孤独な整備工の神条は、お互いに惹かれ合うのだが……。

公式サイトより引用

感想

 この物語は果たして幸せなのか。それとも不幸なのか。考えれば考えるほど分からなくなります。それはいままでどう生きてきたか、人生観に大きく左右されるからと私は思っています。結論から言えば私は幸せな結末だったと思います。

 まず、この物語の前提が歪んでしまっているということです。主人公の霧原は人間ではある物の、人類が地球を守るために人工的に生み出されたいわば兵器なのです。幼少の頃からそのために洗脳教育を受けさせられていて自分は愛する星を打ち落とすためだけに存在し、そこで死ぬことが本望である。そして神条はそんな霧原達を生み出す研究を行っていた人物。それは倫理観との壮絶な戦いであったことは、簡単に想像出来ます。そして元嫁として登場するハヤトに至っては、神条に認めてもらえるなら人体解剖して脳を摘出して機会の中に取り込んでしまうというこれだけ書くとサイコな人。この登場人物はお世辞にも普通とは言いがたいですよね。

 また、それが許されてる世界観も曲がってるなと。霧原をはじめとしたスナイパーだって人工授精とはいえ同じ人間なのに人権はなく兵器として識別される番号が振られている。物語は倫理観というものにはまったく振れていませんが、これが許されるまでには相当な争いがあったと思うんですよね。結果それが許されている世界はそうとう追い込まれていたのでしょうね。

 そんな歪んだ世界の歪んだ二人ですから感情表現が乏しくなってしまうのも致し方がないのですが、前半戦のたんたんとしたやりとりは読むのになかなか骨が折れました。前半で投げてしまう人もいると思うのでこのあたりはもったいないなと思います。しかし最後まで読むとこの「不器用さ」が必要だったんだなと妙に納得してしまうんですよね。

 ラストは賛否両論かと思います。霧原と神条はこの間違った世界を背負うことを放棄し、二人で逃避行を続けひっそりと息を引き取るという終わり方もあったのかもしれません。それはきっとわずかな時間になることは想像に難くないのですが、最後は人間らしくありたいという間違った世界に一石を投じることもできたのかなと。

 しかし作者はそれを選ばなかった。このまがった世界にそんな綺麗な終わり方を許してくれなかった。霧原は脳を取り出され人工衛星となり、愛する星を墜とすための時間を増やすことができました。神条は霧原を連れ出した罪を咎められることも無く、愛する彼女をメンテナンスという名目の元一生寄り添って生きていくことが出来る。ハヤトは自分が行ってきた研究が人類に役立つことが実証出来る。これがこの物語にとっての幸せだと作者は読者に提示しています。

 忘れてはならないことは、この結末は霧原のことを道具としてしか扱っていないということなんですよ。それがこの歪んだ世界での最大限の幸せの形であると。これは「残酷」であると言わざるを得ないです。

まとめ

 真実が分かるまでは、この物語はなんて美しく描かれているのだろうと思ったのですが、それは後半戦の布石だったわけですね。美しさ故に残酷さが際立っている。ここにつきるのかなと。美しく、幸せで、残酷な物語。鬼頭莫宏さんの「なるたる」や「ぼくらの」を思い起こさせるような物語でした。